親の面倒を見ない兄弟

親の面倒を見ない兄弟B

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母親の在宅介護がはじまった

 

「親の面倒を見ない兄弟A」からの
続きです。

 

 

そして、ほぼ一人きりでの
母親の在宅介護がはじまりました。

 

 

 

母は入院期間中に
立つことも困難になり、
24時間目が離せない状況に
なってしまいました。

 

 

 

夜中もトイレ介助の為に
付き添っている必要があり
ずっと実家に泊まり続ける
日々が続きました。

 

 

ですが、
家の家事を疎かにする事も
できないので・・・

 

 

 

実家と自宅と仕事場の
往復をくりかえす毎日でした。

 

 

ですが、
家事はたまる一方で
部屋は荒れ放題。

 

 

協力してくれている
子どもや旦那の気持ちも
ささくれ立っているのを
ヒシヒシと感じました。

 

 

また、
疲労が溜まって仕事中にも
居眠りをしてしまう事も・・・

 

 

でも、
「兄弟はあてにならないし
自分が頑張るしかない。」

 

 

そんな風にがむしゃらに
がんばっていました。

 

 

親の介護で自分も倒れてしまった

 

ですが
季節が移り初秋の時期に
なったころに・・・

 

 

無理がたたって、
インフルエンザを発症して
しまいました。

 

 

ですが、
自分以外に介護する人間が
いない為・・・

 

 

40度の熱の中でも
母の食事や排せつの介助を
続けるしかありませんでした。

 

 

そして案の定、
母もインフルエンザを発症し
そのまま肺炎まで悪化して
入院してしまいました。

 

 

母が生死の境をさまよい
入院している間・・・

 

 

私はやっと母の介護から解放され
ゆっくり眠れる日が来ました。

 

 

やっと、ほっと一息つく事が
できると情けなくて涙がでました。

 

 

施設に預けないで
自宅で介護するのが母の為と
思ってがんばってきたのに・・・

 

 

結局、
母の健康すら保つことが
できないでいる。

 

 

子どもや夫にも無理を強いて
ここ半年我慢ばかりさせてきた。

 

 

夏休みも休日も
子ども達をどこも連れて行って
あげられなかった。

 

 

何のために努力しているんだろう?
そんな風に感じていました。

 

 

そんな中で、
母の入院見舞いに来ていた
弟が私の家に来て・・・

 

 

「やっぱり、母さんには
介護施設に入ってもらおう?

 

自分も費用は多少なら出せるから。

 

父さんの遺産全部使っても
いいと思っている。」

 

 

そんな風に私のことを
思いやる言葉をかけてくれました。

 

 

私にはもう
「母親を介護施設に入れない」
という選択肢はありませんでした。

 

 

母を介護施設へ・・・

 

 

介護のキーパーソンとなるべく
奮闘していた私ですが・・・

 

 

結局、
母親の事も自分の家族も自分自身も
幸福にできないどころか
不幸にしてしまっている。

 

 

そんな現状に
助け舟を出してくれた弟。

 

 

さらに、
自分の家庭もあるけれど
資金援助もしてくれると
申し出てくれました。

 

 

母の入院中を逃しては
ゆっくり介護施設を探す余裕も
無かったので・・・

 

 

急いで母を受け容れてくれる
介護施設を探す事になりました。

 

 

「親の面倒を見ない兄弟C」へ
続きます・・・