親の面倒を見ない兄弟

毒親の依存が重い・・・

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多くの毒親は
子どもに依存する傾向があります。

 

 

子どもが幼い頃には
ネグレクトや虐待などの
ひどい仕打ちをしてきたにも関わらず・・・

 

 

子どもが一人前になって
家事をするようになったり
稼いで来るようになると・・・

 

 

いつまでも子どもに生活を依存して
子離れしようとしない親もいるでしょう。

 

 

それでも、
毒親の親元を離れられずに
成人しても中年になっても
一緒に暮らし続けてしまう
子どもも多いんです。

 

 

 

では、
どうしてそのような行動になるかというと
子ども自身が毒親に依存している
ケースも多いからなんです。

 

 

実際に、
典型的な毒親に育てられて来た
私も「依存しかけているな」と
感じるときがあります。

 

 

毒親に依存してしまう心理

 

 

何度も裏切られて
自分の人生を台無しに
してきた毒親。

 

 

それなのに、
その毒親ときっぱりと縁を切って
見捨てる事ができないのは・・・

 

 

毒親に依存されているからだけではなく
自分自身も毒親に依存しているから
という部分も大きいんです。

 

 

人間は困難な事があると
それを乗り越えて良い方向へと
行きたいという欲求があります。

 

 

毒親に認めてもらいたい。

 

 

毒親ともいつか分かり合えるのでは
ないか?

 

 

そんな欲求を満たせるのではないかと
子ども側でも期待をしているんです。

 

 

また、毒親の「嫌いな部分」を見たときに
何故か無意識に毒親の「良い部分」を探して
しまったり・・・

 

 

「すぐ怒るけど、
たまには優しいところがある」

 

 

嫌な部分の記憶を忘れたくて
その人の数少ない良い部分を
模索してしまうのです。

 

 

また、毒親であっても
つねに毒親である毒親は
とても少ないんです。

 

 

ですので、
毒親に時たま認められると
承認欲求が満たされて
とてもうれしいと感じてしまいます。

 

 

そして無意識に
毒親にもっと認められたいと
努力を重ねてしまうんです。

 

 

この考えは、
DV(家庭内暴力)被害から抜け出せない
人の思考と似ているのです。

 

 

毒親との共依存関係

 

自分の価値を相手に見出そうとする
共依存というものです。

 

 

これは親子関係でも起こりうる現象です。

 

 

 毒親に価値を見出す行為は
子どもからしたら嫌な話ですが、
私はこの共依存に陥りがちでした。

 

 

私の親は離婚しているのですが
「あなたのためを思ってこれまで別れなかった」
と言われたとき・・・

 

 

「いつも振り回されたけど、
私のことを思ってくれていた」
と思い込んでしまいました。

 

 

そこから親に感謝しないといけないと信じ、
同時に親に感謝できない自分はダメ人間だと
憂鬱になる日々が続きました。

 

 

今思うと、
私は親に必要とされていたのでしょうか。

 

 

きっと、
そう信じないと自分の価値が
見出せないからだったのだと思います。

 

 

できることなら毒親と離れていたいですが、
すぐ切り捨てられる状態ではない人も
いるでしょう。

 

 

この考えは、
嫌な環境の中でも生きるための手段でもありますが、
同時に依存してしまう可能性もある危険な
思考だと思います。

 

 

親の共依存も同様に、
子どもに価値を見出します。
「子どものため」という考えがいつしか
依存する形になり、毒親へとなってしまう悪循環です。

 

 

このようにして、
お互いに依存をしてしまうのです。

 

 

相手に価値を求めることは、
自分を見失うことに繋がります。

 

 

まずは、
共依存状態でないか自分に問いかけて
みてください。

 

 

そして少しずつでいいので、
親ではなく自分に価値を見出していければ
共依存からは抜け出せるでしょう。

 

 

それが自分の生き方となり、
そこから自分自身の人生がスタートします。

 

 

毒親に人生までも支配されないように
していきたいですね。