親の面倒を見ない兄弟

毒親の老後の面倒は・・・?

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父は子供心にも、怖くてたまらない人でした。

 

 

機嫌が悪いと朝から母の髪をつかんで、
暴力を振るいました。

 

 

両親の喧嘩は、
どこのうちでもあるのかと思っていました。

 

 

年の近い従妹がいる田舎の親戚のところに、
夏休みの間、泊まりに行ったことがあります。

 

 

おじちゃんはいつもニコニコしてるし、
おばちゃんはいつも美味しいご飯を
作ってくれました。

 

 

私の母は、
父の顔色を伺うように急いで買い物に出かけ、
言われたように働いてきました。

 

 

父に暴力を振るわれると怖くて、
母と一緒に泣きました。

 

 

うちが普通じゃないんだと気が付きました。

 

 

母は「こんな時は、美味しいものを食べると
涙も引っ込むんだよ」と言って・・・

 

 

何事もなかったかのように、
家業に精を出して働いていました。

 

 

父は、子供の私をダシにして、
よく愛人と出かけました。

 

 

私は一人でデパートやスーパーに
放り出されて、約束の時間まで
暇をつぶしました。

 

 

父と遠出する時は、
必ず途中から知らない女性が
車に乗り込んできたのです。

 

 

母は知っていたようでした。

 

 

私もいつからか、
自分の家族のことを「仕方ない」と
受け入れるしかありませんでした。

 

 

父の機嫌が悪い時は空気のように暮らし、
(女とうまくいってないんだろう)としらけた
気持ちになるのが常でした。

 

 

世間には、そこそこ裕福な暮らしをしている
個性的な家族、という程度に見えたはずです。

 

 

母の亡くなった後は・・・

 

 

母が病気で亡くなった時には、
もう私は実家にいる必要は
感じませんでした。

 

 

父はすぐに別の女性と、
その女性との間の認知した子供と
暮らし始めましたし・・・

 

 

自営業の事業も
充分うまくいっていました。

 

 

私は実家を出て、
初めて自由になれました。

 

 

母の位牌がある仏壇のお世話や、
お墓参りなどは気になりましたが、
生きている自分の方が大事でした。

 

 

 

私も、働き者の主人と縁があり、
子供も2人設けて、忙しい毎日を
送るようになりました。

 

 

主人は次男でしたが、
近くに住む義両親と義兄夫婦との
生活に触れるにつけ、私の父は
毒親なんだと気付いたのです。

 

 

図書館で借りた本の中に、
私と同じ境遇の話がありました。

 

 

DVから逃れられずに育った女性です。

 

 

(そうなのか…)と納得して、
一晩でその本を読んでしまいました。

 

 

そんな時期でした。

 

 

年老いた父が再婚した女性と別れて、
その子供とも絶縁したという話を聞いたのです。

 

 

毒親の面倒・介護・・・

 

 

戻ってきて、自分の事業を継いで、
自分の老後の面倒も見ろということでした。

 

 

父は怖かったので、
多少の縁は途切れずにつないできましたが、
晴天の霹靂です。

 

 

私は私だけでなく、
自分の子供も父から守らなければいけません。

 

 

横暴な父は、70歳を過ぎたからといって
穏やかな性格に変わるわけもありませんでした。

 

 

主人にすら罵倒してきたのに、
お前だけでも帰ってこいという言い草は、
(さすが父だ)というしかありません。

 

 

父の老後をどうすればいいのかと、
毎日思い悩んでいます。

 

 

老人介護施設にでも入ってもらうしか
ないかと考えています。