親の面倒を見ない兄弟

毒親に差別されながら育った

親の面倒を見ない兄弟,熟年離婚 親の面倒,親の面倒 誰が見る,

 

 

私には年の近い兄がいる。

 

 

成績が良く、手先が器用で、
字も上手。

 

 

知識豊富な兄は幼い私にとって
絶対的な存在だった。

 

 

兄のようになりたい。

 

 

兄のように、
家族や先生たちから誉めそやされる
存在になりたい。

 

 

いつも兄の背中を追っていた。

 

 

兄との関係がぎくしゃくする

 

 

幼いころは仲の良い兄弟だったが、
中学生くらいのあるときから
急に兄と話をすることができなくなった。

 

 

何を話したらよいかわからないし、
近くにいるだけで気まずい。

 

 

また、
兄の目線の中に居ると
何か責められているような
後ろめたいような気持になった。

 

 

自分では話せない理由は
わからなかった。

 

 

家族に不審がられたとは思うが、
会話をしないまま成長し、
進学を機にお互い実家を離れた。

 

 

その後もなるべく接触しないようにして
過ごしてきた。

 

 

大人になり、
「毒親」についてたくさんの本を読み、
自分の過去について苦しくなるほど
考えた。

 

 

そんな中、
ひとつの原因に思い当たった。

 

 

毒母による差別だ。

 

 

毒親の兄との差別

 

 

毒母にとって、
できの良い長男は寵愛の対象で、
自慢の息子だったに違いない。

 

 

また、地域柄なのか時代なのか、
男尊女卑の意識がとても強い家庭だった。

 

 

二番目に生まれ、
家業を継ぐ男児ではなく、
病院通いの多い私は、
母にとって疎ましい存在だった
のかもしれない。

 

 

意識できてはいなかったが、
幼心に差別を感じていたのだと思う。

 

 

私も誉めてほしい、
認めてほしい。

 

 

でも、
何をやっても兄にはかなわないし
がんばったとしても元から差別
している母親からは・・・

 

 

同じように誉めてもらえることは決してない。

 

 

でももっともっとがんばれば、
兄のようになりさえすれば、
母親から認めてもらえる。

 

 

今の自分ではだめだ、
そんな風に思っていたのだと思う。

 

 

子どもの自分には大きすぎる
ストレスだったのだ。

 

いつでも我慢を溜め込んでいた。

 

 

いろいろな思いが混乱し、
話ができなくなったのではないかと、
今では思う。

 

 

誰かのようになりたいということは、
現在の自分ではいけないと思っている
ということだ。

 

 

兄と私は別の人格なので、
兄にはなれるわけはない。

 

 

本当は、
自分は自分のままで親から
認めてほしかった。誉めてほしかった。

 

 

大人になった今でも、
幼少期に差別感を抱いて
いたという事実は思い出すだけでも
涙が出そうになる。

 

 

今になってもまだ、
自分は自分でいいのだと、
自信を持って思えない。

 

 

心に深く刻まれてしまった思いは
消え去らない。