親の面倒を見ない兄弟

毒親を今も許せない・・・

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「毒親」に育てられ、
幼いころからいつも心の中に
悲しみがあった。

 

 

毎日、それなりに周囲に適応して
いるつもりだったが・・・

 

 

自分の本当の気持ちを口にすると
何もかもが壊れ・・・

 

 

自分は号泣してしまうだろうという、
うっすらとした不安感を常に心の底に
隠して生きているような気がしていた。

 

 

春期になり、
なんだか生活がうまく立ち行かなく
なってきた。

 

 

髪は抜け、いくつもの大きな
円形脱毛症ができた。

 

 

胃の痛みは毎日で、
胃腸薬が手放せなかった。

 

 

多感な時期に「頭にハゲがある」
「胃が荒れて口臭がひどい」という事実は、
自分を落ち込ませた。

 

 

それでも
学校の勉強はやらねばならない、
成績を上げねばならない、
いい高校に入らねばならない。

 

 

必死だった。誰にも相談はできなかった。

 

 

毎朝、家族よりも早く起きて、
洗面所で合わせ鏡にして髪の毛が
生えてきていないか確認するが、
今日も直径5cmほどの地肌がはっきりと
2箇所見えている。

 

 

雑誌に載っているかわいらしい髪型をまねたいが、
どうしても脱毛の箇所が見えてしまう。

 

 

そして今朝もまた胃がキリキリと痛み、
舌は真っ白に苔のようなものがついており、
自分で確認できるほどの口臭。

 

 

命を絶つことばかり考えていた

 

 

何で私だけ。どうして。

 

もう消えてしまいたい。
どうすれば死ねるのか?

 

 

毎夜、
布団の中で泣きながら考えた。

 

 

真冬に裸で雪に埋もれればいいのだろうか。

 

 

睡眠薬や酒を飲めば眠ったまま
天国に旅立てるではないか?

 

 

胃の痛みには耐え切れず、
母親に「毎日胃が痛くて辛いんだけど…」
と言ってみた。

 

 

片田舎にある実家から病院に行くには、
母に車で送ってもらわなければならない。

 

 

「大丈夫?病院に行こうか」
という優しい言葉が聞けることを、
わずかな望みに賭けた。

 

 

母から返ってきた言葉は、
「あっそう。まあ、そういうこともあるよね」
だった。会話は終わった。

 

 

 

毒親を今も許せない

 

 

私は絶望した。

 

 

あの頃はまだ、
自分の苦しみが母親に起因していることを
はっきり気づいてはいなかった。

 

 

というか、
事実を認めようとしていなかった。

 

 

いつかはやさしいおかあさんになってくれる、
そう信じていた。なのに。

 

 

円形脱毛症や、胃痛については、
その後一切口を閉ざすことにした。

 

 

あれから20年以上の月日が流れたが、
いまだに髪の毛が抜けることはある。

 

 

「大人なのだから、
いつまでも親のせいにしてはいけない」

 

 

「大人は、自分で自分の人生を選べる。
今の苦しみは自分が選んだ結果だ」
そう書いてある本もある。

 

 

でも、深く傷ついた心の傷は
今でも消えないのが事実だ。

 

 

幸せな家庭で育った人間は、
人格の土台がしっかりとしていると思う。

 

 

その上にピラミッドのように
経験を積み重ねていって、
安定した人生を送ることができる。

 

 

自分のように不安定な子ども時代を送ると、
土台自体がもろくて小さいので、
その上にいくら経験を乗せようとしても
逆さまの円錐形のようになって倒れてしまう。

 

 

これが親のせいではなくてなんなのだろうか?
私は親をぜったいに許せない。

 

 

これからも許す気なんてない。

 

 

この悲しみと怒りを何かの力に変えて
生きるしかないと思っている。